新著の最後に書いた「おわりに」です。
本文で、社会学の概念で、計算可能性とすべきアカウンタビリティを、説明責任だとしてアピールし、それを錦の御旗にして好き勝手なことを言う管理主義者を批判しており、それを反映しています。
 
 
おわりに:足もとを固め、判断できるサラリーマンが生き残る
 
 書いた本人が言うのも何だが、部下なる存在を最大の脅威ととらえ、ここまであげつらったサラリーマン本を見たことがない。
 「なにが『性悪説ではない。現実だ』だ。言っていいことと悪いことがある」と怒る方もいよう。
これは、スーパーリアリストの組織経済学者やウェーバーなどの理論をベースにしたためでもあり、「ちょっと言い過ぎかな」と思うところもあった。
ただ、最悪を想定するのが危機対応の基本であり、また、会社によって、現場によって、そのありようは千差万別であり、まだまだ手ぬるいと思う方もいよう。
いずれにしても、状況に応じて、納得できるところを生かせばいいのである。
 
ウェーバーは、「人間が、主観に左右されず、客観的にものごとをとらえ評価すること、すなわちアカウンタビリティは不可能である」といった趣旨のことを言っているが、同感である。
本を出すと、「客観的ではない」とか、「一方的だ」といった類の抽象的な批判がインターネットで流布されるが、神様じゃあるまいし、それを真に受ければメンタルヘルスを損なうサラリーマン同様になるか、自分の考えを何も言えなくなる。
大事なことは、「サラリーマンがサラリーマン人生を全うするのに役立つか否か」であり、役立たない、ないし、裏目にでることを論じていれば、それを正すのにやぶさかではなく、異論があれば、根拠付きで具体的に教えていただければ幸いである。
 
 なお、課長とか部長といった管理職の皆さんの参考にもなると思うが、管理職は、現場リーダーよりはるかに大きな権限と責任をもっており、本書で論じた程度では済まない。
 たとえば、組織の官僚化を所与としたが、管理職は、その改善に努力しなければならない。
 成果主義をはじめ、いろんな制度導入の可否にもイニシャチブを発揮すべきである。
 
 それにしても、これからの時代は、サラリーマンにとって、余りにも過酷である。
 また、言うのは簡単だが、「やること」をやるのは難しく、「やっていること」をやめるのは、その何倍(何十倍?)も難しい。
そこで、できることから、ステップ・バイ・ステップでいけばよいと思う。
 そして、「Bクラス・キープ」を目標に、エージェンシー問題、大企業病、アンチ管理主義、PDCAサイクル、目標管理、集団浅慮、攻勢主義、成果主義・・・さらには、ニューフェイスのような顔をして蘇ってきたアカウンタビリティや職務給などの脅威の実態を見抜き、足もとを固めるよう頑張っていただきたい。
そして、難しい課題に積極的に取り組んでオネスト・ミステイクを積み重ね、直観力を磨き、完全な解決にこだわらず、タイミングを失さずに明快な命令を発し、「まずい」と思えば素早く決定を変えることが、「辞めさせたくない」人材、ないし「欲しい人材」と評価され、Aクラス入りにもつながるはずである。
 なぜなら、そういった「足もとを固め、判断するサラリーマン」が希少種になりつつあるからである。
 それは、自分だけでなく、部下のため、会社のため、そして日本の将来のためでもある。